【アルフレッド・アドラーの格言&名言集】個人心理学の創始者による心に響く言葉たち

遺伝の問題はそれほど重要でない。

重要なことは、何を遺伝したかということではなく、幼い頃に遺伝として与えられたものをどう使うかということである。

この言葉が出てきた経緯が判然としないのですが、これだけを切り取って考えると、ちょっと理解しづらいです。

 

「やる気がなくなった」のではない。

「やる気をなくす」という決断を自分でしただけだ。

「変われない」のではない。

「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。

これは面白いですね。言われてみれば確かにそういうことなんでしょう。

行動は必ず自分の判断に基づいているはずですもんね。

 

世話好きな人は、単に優しい人なのではない。

相手を自分に依存させ、自分が重要な人物であることを実感したいのだ。

親切な行為の裏には、確かに自己満足の心理があるように思います。

これを人心掌握の術として使う例は多いですよね。可愛い女性に優しくする男性の心理には「あわよくば・・・」が潜んでいるものですしね。

 

苦しみから抜け出す方法はたった1つ。

他の人を喜ばせることだ。

「自分に何ができるか」を考え、それを実行すればよい。

ここで言う「苦しみ」がどんな状況を指すのか判然としないですね。

得るよりも多くを与えることが幸福になる唯一の道だと説くアドラーですが、この言葉もまた同様の意味を持つものなのでしょうか。

 

「よくできたね」と褒めるのではない。

「ありがとう、助かったよ」と感謝を伝えるのだ。

感謝される喜びを体験すれば、自ら進んで貢献を繰り返すだろう。

これ、子供の教育に取り入れたいものですね。

 

行動に問題があるとしても、その背後にある動機や目的は、必ずや「善」である。

よく例に挙がるのが、ママと一緒に出掛けたいと癇癪を起こして暴れる子供の話ですね。

暴れて物を壊しちゃったとしても、その動機は「ママと一緒にいたい」という善の気持ちからだったわけです。

問題行動を起こした人にその理由を尋ねてみると、意外にきっかけは善の気持ちだったりするみたいです。ただ、目の前の問題の解決方法が間違っていた・・・そんなケースが多いようですね。

この範疇に収まる問題行動であれば、教え諭すことは可能でしょう。

 

子どもにとっては、家族が世界のすべてなのだ。

親に愛されなければ、死ぬしかない。

だから子供たちは全力で親に愛されようとする。

そのときとった命がけの戦略がそのまま性格形成につながっていく。

この言葉を読む度に、頻発する幼児虐待のニュースを連想してしまいます。本当に嘆かわしいことです。

 

 

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過去を後悔しなくていい。

未来に怯えなくていい。

そんなところを見るのではなく、いまこの時に集中しなさい。

年齢とともに思い出に浸る時間が増えていく私にとって、意外にも響いたこの言葉なのでした。

こと未来に関しては、今この時の積み重ねこそが未来なのであって、偏った想像をしたところで仕方のない話なんですよね。

 

判断に迷ったら、より多くの人間に貢献できる方を選べばいい。

自分よりも仲間たち、仲間たちよりも社会全体。

この判断基準で大きく間違うことは、まずないだろう。

アドラーは、幸福になるための唯一の道だとして、似たような言葉を残しています。

そこから考えると、アドラーの言う幸福とは一個人のそれではなく、全世界的なレベルでの幸福を指しているのかも知れません。

 

問題の原因などどうでもいい。

大切なのは解決策と、これからどうしたいかだ。

これまた徹底してますな、アドラーさん。

ケースにもよるでしょうけれど、原因をハッキリさせておかないと、また同じ問題を引き起こす可能性もあるように思うのですが、そういう話をしているんじゃないんでしょうね。

 

どんな能力をもって生まれたかはたいした問題ではない。

重要なのは、与えられた能力をどう使うかである。

確か、遺伝についても似たような言葉を残しておられますよね。

もし、自分が歩みたい分野に適応した能力がないと気づいた時、少なからずショックだとは思います。

でもそれを嘆いてばかりいたって少しも前には進まないんですよね。

ならば、今持っている能力を活かす方法を模索する方が、よほど生産的な行動なのだと思います。

 

人生最大の危険は、用心しすぎることである。

行き過ぎた用心は、可能性のブレーキにしかなりませんもんね。

よく言う、石橋を叩きすぎて壊しちゃう、なんて例え話もあるくらいです。

 

どうしたらみんなを喜ばすことが出来るかを、毎日考えるようにしなさい。

そうすれば憂鬱な気持など、吹き飛んでしまいます。

反対に自分のことばかり考えていたら、どんどん不幸になってしまいますよ。

幸せになる唯一の方法ということで、アドラーが度々説いている言葉ですね。

やはり人間は、自分の問題とばかり悶々と向き合っていると、精神の健康上よろしくないのでしょうね。

 

 

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他人のことに関心を持たない人間は、苦難の道を歩まねばならず、他人に対しても大きな迷惑をかけることになる。

人間のあらゆる失敗は、そういう人たちの間から生まれるのです。

孤独を好むという人がいますが、本来の人間は互いに干渉し合って成り立っているものなのだと思います。

例えば昭和の時代のご近所付き合いなんて、理想的な社会の縮図ではないかと考えたりするんですが、昨今の人たちからするとそれは面倒だと言うんですよね・・・。

 

子供の教育について最悪の間違いは、親や教師が、誤った道にさまよっている子供らに向かって、悪い結末を予言してやることである。

どういうことでしょう? 放っておいたらひどい目に遭うかも知れないし・・・。

それとも、子ども自身の体験として誤っていることに気づかせるべきだと言うことでしょうか? あえて放っておいてひどい目を味わわせろとか?

この言葉の正しい解釈を、どなたかご教示下さい!

 

扱いにくい相手とうまく付き合うには、相手が何とか自分を優秀に見せようとして、躍起になっていることを念頭に置くことだ。

そしてその観点から相手と付き合ってみることだ。

相手に合わせて上手に付き合おうということですかね?

例えば、プライド重視の相手を変に刺激して、怒らせたり恨まれたりしたらバカバカしいですもんね。

それより、上手に付き合って良いところを引き出してあげる方が、お互いにとってメリットがありそうです。疲れそうですが・・・(苦笑)。

 

幸せの三要素は、

1つ、自分自身が好きであること

2つ、よい人間関係を持っていること

3つ、人や社会に貢献していること

アドラーが幸福になるための条件として様々な言葉を残していますが、その根本にある考えがこの三要素なんでしょうね。

 

 

※ 出典元や参考文献等が不明のものは、現在調査中のため表記されておりませんが、詳細がわかり次第追記および分類を施して参ります。

※ なお、名言や格言の中には、当サイト独自の編集(省略、意訳、要約等)を施している場合がありますことをご承知おきくださいませ。

 

 

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